2002年2月15日に生まれたトイプードルのココちゃんが、生後3ヶ月で我が家にやってきてちょうど8年がたちました。
20センチほどだった子犬が、人間の赤ちゃんほどにずっしりと重たい立派な成犬に。
さみしがり屋で、どこに行くにも必死でついてくるのは子犬のころのまま。
ウェブデザイナーの松田容子さんに撮ってもらったお気に入りの写真を載せてみます。
そして、こちらの金魚も8周年。いえいえ、鯉ではなくて、金魚です。この真ん中の、鯉の半分ほどの体長のある赤い魚影。
8年前に、娘が神社の縁日の金魚すくいですくってきて、金魚鉢で育てていました。2センチほどだった体長はぐんぐん成長して10センチあまりに。
2年前、自宅を新築した際に庭に掘った池に放流したところ、当初は金魚鉢の直径と同じ20センチくらいの範囲でくるくると泳いでいたのが、やがて池の広さに気がついてゆったり泳ぎ始めました。しばらくして次々に鯉がやってくると、追いつこうとするかのようにさらに成長し、今では金魚鉢の大きさをゆうに超えて鯉の半分ほどの大きさに。鯉と一緒に悠然と池を回遊しています。

『院長のひとりごと』
この子たちは8周年
2010年5月27日開院15周年の贈り物
2010年5月25日
今日の午前の診察中、嬉しいサプライズがありました。
5月22日に迎えた谷眼科医院開院15周年を記念して、スタッフ一同から、眼科のハートのロゴをデザインした花飾りが届いたのです。
グリーンのバラを並べてロゴを見事に表現してくれていて、ハートが愛らしくウインクしています。
優しい笑顔は谷眼科メンバーがいつも心がけていること、それにぴったりの綺麗な花が部屋の入り口を飾ってくれました。
おかげで、今日は雨降りだったというのに心がほのぼのと暖かく幸せな気分の一日でした。
さらに15周年を祝って、こんな豪華なお花もいただきました。
花を贈られるって、どんなシーンでもほろりと嬉しいものですね。
15周年万歳!
平成7年5月22日、震災のすぐあとに開院し、地域医療に励み、また神戸大学で勉強を続けさせていただき、医師会活動を行い、さまざまな経験をしてきました。
こうして15周年の日を祝うことが出来たことについては、スタッフや指導していただいた先生方、地域の皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございます。
これからも、よりよい診療をしていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
白虎隊自刃の地にポンペイ遺跡の柱が
2010年5月21日
今年のGWは、山形県・福島県をレンタカーで巡ってきました。恵まれた好天のもと、山形の立石寺に始まり、上杉神社、五色沼、会津若松鶴ヶ城などを訪れてみました。
会津といえば戊辰戦争。そして白虎隊。10代の若者19名が、飯盛山に集まった際に鶴ヶ城付近から上がる煙をみて落城と思い込んで切腹して果てました。
白虎隊は、会津藩の15~16才の若者から成る予備兵としての組織ですが、戦闘が激しさを増すとともに、自らも戦いたいとの嘆願書を家老に差し出していたのです。
そして、驚いたのは、この話に心を打たれたイタリアの地より、ポンペイ遺跡の古代円柱が飯盛山に贈られ、記念碑としてそびえていたことでした。
ポンペイといえば、紀元79年のベスビオ火山の噴火により高さ6メートル以上の火山灰埋もれた町で、200年ほど前に奇跡的に発掘されました。
昨年、その遺跡を訪れてきたのですが、ローマ時代の古代にすでに色彩豊かな絵画の飾られた優雅な邸宅や上下水道、馬車の車道と両サイドの歩道などの高度な文明が展開していたことに驚かされました。
その邸宅の円柱が、会津若松の飯盛山に記念碑として贈られていたとは。送り主は、悪名高いあのムッソリーニでした。この際しばらく彼の思想の問題は置いておきましょう。
ムッソリーニは、白虎隊の精神に熱く感動し、1928年に彼らをたたえてローマの一市民としてこの石碑を贈ったのでした。
上部には右足にマサカリを持った鷲が羽を広げています。碑文には「文明の母なるローマは白虎隊勇士の遺烈に不朽の敬意を捧げんがため、永遠偉大の証したる千年の古石柱を贈る」と記され、また裏面には
「武士道の精華に捧ぐ、ローマ元老院と市民より」と刻されています。
白虎隊士の勇姿を偲ぶため自刃の地を訪れたのですが、その精神がはるかイタリアの人々の感動を呼んでいたのだということに、二重の感慨を抱いてしまいました。

モノローグblog化!
2010年5月19日
2001年9月から続いた『monologue/院長のひとりごと』が、ブログ化しました。
今までたくさんのご相談をいただいた「BBS」も「Dr.エミコの目の相談室」としてここに引き継ぎます。
過去の相談内容については、FAQとともにまとめてご覧いただけるようにする予定です。
現在の谷眼科のウェブサイトのコンテンツも、順次こちらに移行してまいります。
いままでのmonologueはこちらです。
2010.2.26 真央ちゃん銀メダル
2010年2月26日
今日、浅田真央がバンクーバー五輪で銀メダルを獲得!
運良く演技は昼休みの時間帯で、二度のトリプルアクセルの入った気合いのこもった滑りをどきどきしながら応援することができました。
直後のインタビューで彼女は
「トリプルアクセルを跳べたことはよかったけれど、演技には納得できていない。」
と悔しさをにじませながらぽろぽろ。
こちらも思わずもらい泣きです。
未踏の大技に挑んだ19才の少女が、パーフェクトでなかった部分をごまかさずに見据えて毅然とコメントを述べる、その姿に改めて感動させられると同時に、愛らしい満面の笑顔で楽しそうに滑る真央ちゃんを早くまた観たいものだと思いました。
2010.2.23 はりきり過ぎたAEDくん
2010年2月23日
突然心臓が止まった人が、AEDによって蘇生する事例を毎年何件か耳にし、助かってよかったとほっとさせられます。
しかし、実際にその場に遭遇した人は、AEDを使うべきなのか、どう使うのか、うろたえてしまう、という記事が先日も朝日新聞の一面に掲載されていました。
実際の場面を観てもらおう、というのも、今回の「防災小劇場」のねらいの一つでした。
2月11日(祝)に、一昨年の現代劇、昨年の時代劇につづいて昭和初期の近代劇サスペンス「メイ探偵心智心郎~津軽家の出来事~」が大入り満員で上演されました。
資産家の屋敷でのサスペンス。登場人物は主役の俳優と主役を逃した俳優、家政婦、執事、資産家の息子や娘や嫁たち、ご用聞きの酒屋さんやお米やさん。
劇の最中に、執事役の男性が胸を押さえて苦しみ出し、意識を失います。
劇は中断され、舞台監督が飛び出してきて「誰か、お医者さんはいませんか」と舞台に向かって叫ぶ。
舞台中央に座って観劇していた私と夫役の宮田先生とが、「はーい」と声をあげて立ち上がり、舞台に駆け上がり心肺蘇生。
酒屋さん役の人にAEDを持ってきてもらい、舞台上に流れる「通電します!離れてください!」の音声に合わせてボタンを押し、無事心臓は拍動を再開します。
今回の劇も、このようなAEDデモンストレーションや119の正しいかけ方、新型インフルエンザ予防の広報、灘区からのお知らせ、灘警察からの防犯のお話、などが盛り込まれながらストーリーが展開され、いくたびものどんでん返しの末、めでたく犯人がつかまりました。
劇の模様は、翌日の毎日新聞、神戸新聞、産経新聞の三紙に写真入りで紹介され、劇団員にとってとても嬉しいご褒美となりました。
続く週末に神戸こくさいホールで行われた合唱のイベントでは、開会直前に倒れた人がいて、今回劇に出演していた人が救命を行い、すぐに救急車が到着して助かったと聴きました。
イベントは20分くらい遅れましたが、無事に開催されたそうです。救命の知識が順調に広まっているようです。
ほっとしていた昨日、谷眼科に設置していたAEDが、操作をしないのに突然作動をはじめ、診察中に「パットを装着してください!」などの音声が流れてびっくり。
はりきり過ぎたAEDくんが興奮のあまり突然目を覚まして動きだしたようです。
定期点検を兼ねて、チェックを依頼することになりました。
2010.1.20 防災小劇場
2010年1月20日
一昨年、昨年につづき今年も防災小劇場に参加させていただくことになりました。
平成22年2月11日(木・祝)に行われる「防災を考える区民のつどい」の第3部で演じられます。
第1部 14:00~ 灘防災の賞表彰式
第2部 14:30~ 防災講演会「これからの防災を考える」NVNAD常務理事 寺本弘伸
第3部 15:30~ 防災小劇場「メイ探偵心智心郎」~津軽家の出来事~
防災小劇場出演者は、灘区在住、または在勤の方々で位置から手作りでつくりあげています。劇団名は「ローヤル・ナダ劇団」。
今年からはロゴマークも出来ました。
劇の始まりは現代。会議室で舞台監督と制作スタッフが今回の芝居について話し合っています。
一昨年は現代劇、昨年は時代劇、つづく今年は昭和初期の近代の劇に決まり、劇中劇の幕が開きます。
資産家の屋敷で主が急に姿を消し、一家は大騒ぎに。と、突然、探偵と名乗る男が登場し、郵便受けには誘拐したとの脅迫状が。。しかし、事件は現代でも起こり、物語は現代と近代を行ったり来たり。
さて、灘区をあげての事件解決の結末は。。。
2010.1.17 震災15年祈りのコンサート
2010年1月17日
震災15周年の今日は、知人にチケットをいただき神戸中央合唱団の「阪神淡路大震災から15年 追悼とい希望によせる祈りのコンサート」を聴きに行ってきた。
1曲めは千原英喜氏作曲のレクイエム。「古事記」の歌謡に荘厳な静かなメロディーをのせたもので、逢えなくなってしまった人たちに対する想いを平和への祈りをこめて歌っていただいた。15年前のことを想いながら、聴き入っていた。
ここで、特別講演「生きる」~神戸からのメッセージ~で壇上に上がってくださったのは日野原重明先生。
ご存知の方も多い聖路加国際病院元院長、現在は聖路加病院理事長で名誉院長の内科医師だ。
お父上が神戸栄光教会の牧師で、また、当時神戸市灘区にあった関西学院ご出身のこともあり、昨年こうべしから神戸大使の委嘱を受けられた。99才になられるとは思えない若々しいよくとおる声で、平和への熱いメッセージを語ってくださった。
核を持つことはなく、核の傘の下にあえて入ろうとする必要もなく、堂々と平和の道を歩んで行くべきである、という主張には全く賛成である。また、59才でよど号ハイジャックを経験してから、ご自身の命は与えられたものであることを自覚され、それからの人生は他者のため、世界の平和のために貢献したいと考えるようになったとのお話にはとても説得力があった。
最後に、スペインのバスク地方の作曲家ブスト氏によるレクイエムを聴いた。レクイエムの最後には、1曲目と同じく古事記から短い部分が作曲されていた。バスクの文化に日本を重ね合わせて作られたのが興味深い。
指揮者の松原千振先生は「日本にキリスト教を伝えたあのフランシスコ・ザビエルもバスク人である。ザビエルは日本人に初めて会った時、バスク人の美徳と日本人は必ず相通じると確信した」と記されている。
医学を修め、合唱指揮者でもあるブスト氏の曲は、穏やかで優しく、合唱とクラリネットの音色が自然に溶け合い心地よい響きであった。


